『「いき」の構造 他二篇』

「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)

「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)


「いき」とは何か。
日本民族固有の特徴ではないか、
としてその構造をとらえる。


天才だ、九鬼周造
みえている視界の広さ、思考の深さ、論理展開、
惚れ惚れする。


あまり余計なことを解説することこそ“野暮”だろう。
日本人でしか持ち得ないであろう感性と哲学に基づいたこの作品は、
ぜひ味わっていただきたい。


『「いき」の構造』とともに収められている、
『風流に関する一考察』も秀逸。


自分は風流に憧れるが、
それは自然と人生と芸術の総合的な境地であり、
社会にありながら離俗した境地であるという。


言いたかったことは、まさにこれ!、という感じ。
さすがです。


“「いき」は武士道の理想主義と仏教の非現実性とに対して不離の内的関係に立っている。運命によって「諦め」を得た「媚態」が「意気地」の自由に生きるのが「いき」である。人間の運命に対して曇らざる眼をもち、魂の自由に向って悩ましい憧憬を懐く民族ならずしては媚態をして「いき」の様態を取らしむることはできない。「いき」の核心的意味は、その構造がわが民族存在の自己開示として把握されたときに、十全なる会得と理解とを得たのである。”